| 10月15日(水) |
| ビューティフルフォーティーズ |
今日はコラムの再開を楽しみにしていたというメールをいただいてなんとなく気分がいい。
こんなへたくそな文章を待っていてくれた人がいたなんてやっぱりうれしい。
吉祥寺の現在の様子を教えてくれたAさん。
未だ健在のお店も多いようだ。
吉祥寺でもうひとつ欠かせないのは「小笹」の最中だとのこと。
そうそう大事なそれを忘れていた。
間口1間足らずの店で夜明けと共に羊羹を求めて多くの人が並ぶ。
1日限定150棹 お一人様5棹まで 1棹500円也。
朝8時に配られる整理券を運良く手に入れた人は一旦家に帰って再度10時に開店してから引き換えに再び店へ来る。
なかには折りたたみのいすまで買って連日早朝から並ぶ人もいる。
羊羹は限定だから超レアで幻のという表現がしばしば使われなかなか口に入らない。
でもここの最中は少し並べばいつでも買える。
値段も安くて甘みもほどほどで大きからず小さからず 中のあんこは絶品!
私もよく買って帰った。
あとは息子さんと離れて暮らしているお母さんお二人から私もはがきが欲しいという感想だった。
でもうちだって高校大学の6年間は誕生日以外手紙なんて来なかった。
学生最後の年にNさんのおかげで手紙が来るようになったのだ。
男の子は女の子と違ってなかなか手紙は書かないのかなと思うけど母を思う気持ちは女の子以上だから便りが無いのは達者な証拠という事で・・・・
でもメールはどこのうちも結構マメに来るようだ。
さて今日のお題ビューティフルフォーティーズ、BEAUTIFUL40’sつまり美しき40代。
確か今から10年位前何かの雑誌に(『クロワッサン』だったかな・・・・?)この言葉が載っていた。
女性が人生で一番輝くのは40代だというような内容の記事だった。
当時はまだ30代だったから言い言葉だなぁ〜と憧れを抱き早く40代になりたいと思っていた。
が しかし実際突入してみると ビューティフルどころか髪は白くなるは、目はかすむは、病気はするは、しかもめちゃめちゃ忙しいのに暮らしはちっとも楽にならない。
確かに大好きな花三昧の生活で楽しくもあったが全てを投げ打って花で生計を立てるぞと決断するほどの根性は無いからいろんなことが中途半端で不完全燃焼。
いろいろやった中で思いがけず面白かったのはやっぱりパソコン。
ホームページを始めて更新にはまってからは「ウエブデザイナー」になりたいと身の程知らずに口走ったりしたが電卓片手にエクセルと悪戦苦闘する私には所詮無理な話。
理想と憧れのビューティフルフォーティーズにはなれなかったけれど目標をあと10年延ばしてビューティフル&ワンダフルフィフティーズになれるようがんばろう。
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| 10月14日(火) |
| 街のにおい |
昨日吉祥寺の駅前の甘栗屋さんの匂いの話を取り上げたが吉祥寺にはあと3つ強烈なにおいの記憶がある。
ひとつめは甘味やの店先で焼いていたお団子の醤油がこげるにおい。
その先のお茶屋さんのほうじ茶を焙じる香ばしいにおい。
そして路地裏に並ぶ魚屋さんのにおい。
他にもきっとラーメン屋さん換気扇から吐き出されるスープのにおいだとか鰻やさんの蒲焼の焦げるにおいだとかいろいろあったんだろうが鮮明に覚えているのはこの4つ。
井の頭線の子供の初乗りが5円だったといえば今から40年も前の話だ。
吉祥寺は中央線も乗り入れていたので駅が複雑で長かった。
駅舎はまだ全部木でできていたから多くの乗降客が駅に降りるとがたごとと大きな音と埃臭いにおいがした。
その頃はまだ大きなデパートなど無くて今の東急百貨店の場所に名店会館という複合施設がありここが一番流行っていた。
表通りに面している店より裏の露地みたいな細い道に面白い店が沢山あった。
輸入の菓子や化粧品を扱う店はちょっぴり憧れでした。(今もあるかな?)
今は無くなってしまったが卵だけ扱う卵さんなんていう店もあったっけ。
他に麺だけの店とかおでんだね専門の店とかお味噌やさん等ちょっと珍しい店もあった。
子供心にたった一駅だけど電車に乗って吉祥寺に買い物に連れて行ってもらうのはすごくうれしかった。
今日もテレビで言っていたが子供の頃に食べた味は生涯忘れないんだそうだ。
昨日のお土産の定番だってよく思い返してみるとみんな小さい頃から慣れ親しんできた味だ。
中村屋の中華饅頭は日曜日になると父に連れて行ってもらって食べた新宿の中村屋の味がやっぱり一番おいしくて他のはなんか違うんだな。
横浜中華街で売っている高級な肉まんよりやっぱり中村屋!
今はセブンイレブンで売っているのでこっちでも簡単に味わえる。
でも昔はもっと大きくてもっとおいしかったような気もするけど・・・。
カステラは文明堂。クッキーは泉屋。ケーキはボア。
世の中だんだんおいしいものがあふれて贅沢になってしまったけれど老舗の味が消えないのはやっぱリ今食べてもおいしいものはおいしいからなんだとおもう。
娘が小学校の時「お母さんうちのとんかつっておいしかったんだね」としみじみ言ったことがある。
友達のお弁当に入っていたとんかつが冷凍のものだったらしくおいしくなかったようだ。
調理実習の時もモンテ流のハンバーグを作って友達からほめられたといって喜んでいた。
小さい頃からこれが当たり前と思っていた味が実はおいしかったということに気がついて今でも料理は好きらしい。
学校から帰ってきた時私がご飯の支度をしていると厨房からのにおいで今日のおかずはなんだろうと思いをめぐらせる。
この頃はまだ沼田まで出かけてもおいしい惣菜なんてほとんど売っていなかったからレンジでチンも無かったわけで家族にご飯を作るのも楽しみだった。
最近は二人きりなので時々手を抜く。
話がおいしいものにそれちゃったけど吉祥寺の街のにおいは香ばしくておいしい記憶。
渋谷や新宿はこれといった強烈なにおいの記憶が無いのは大人になってから知った街だからだろうか。
味の記憶はにおいの記憶と一致するのかもしれない。
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| 10月13日(月) |
| 皮はどこへ行った? |
昔、吉祥寺の駅前に甘栗を売る店があった。
前を通ると栗が焼ける香ばしい香りがした。
大きな釜の中で羽根状の板がゆっくりまわって天津甘栗を炒っている。
石焼き芋よりももっと小粒の黒光りした石の中にピカピカに光った栗が出たり入ったりしてまわっている。
(あのつやはどうやら水あめらしい。)
子供の頃は高級品だっためったに買わないのだが店の前を通ると甘く香ばしい香りに釣られてふらふらと近寄っていってしまう。
値段ははっきりとは覚えていないのだが量が少ないものは厚手の紙でできた袋にはいっていて上が折ってあった。
栗が沢山入っているクレープ紙でできたほうの袋は巾着型になっていて赤い紐で口が結ばれていた。
表には栗から生まれた子供のの絵が描いてあったからたぶん甘栗太郎だったんじゃないかな・・・
甘栗といえばこの赤と緑の独特のデザインしか思い浮かばない。
裏には栗のむき方の絵が描いてあったが買ってもらったらうれしくて説明なんて読んでいる場合じゃあないから家につくなり殻ごと歯で噛んで中身を出して食べた。
子供の頃は爪じゃ栗の殻に割れ目をつけられなかったせいもあったと思うが。
だいぶ大きくなってからその説明をまじまじ読んで爪で横に筋を入れて横から押せばば蓋のようにパカッと殻が取れるというのに気がついて自分の今までのやり方を反省したりしたっけ・・・
最近は近所のスーパーでも甘栗が買える様になったが昔はこのあたりではなかなか買えなかった。
しかもおいしくない。
甘栗なのに甘くないのである。
群馬に住むようになってから上京したときのお土産に買ってくるものに舟和の芋羊羹 人形焼 甘栗 コロンバンのワッフル モロゾフのチーズケーキ 中村屋のあんまん肉まん なんていうのが定番だった。
中でも甘栗は帰りの電車の中でいつもいくつかつまみ食いをした。
困るのは手が黒くべとべとになること。
電車の中だから手を洗いに行くにも一人ではバッグも持たなきゃいけないので不便だし・・・
私の記憶では駅のキオスクで買った甘栗には栗に割れ目を入れるプラスチックの爪みたいなものと小さなウエットティッシュが入っていたような覚えがあるのだが違ったかな?
最近は皮をむいて中身の甘栗だけになっている商品が爆発的にヒットしているらしい。
これならきれいにネールアートしたお姉さんだって手汚さずで甘栗を食べられるわけだし便利といえば便利になったものだ。第一せっかく苦労してむいたのに虫食いだったりしてがっかりすることも無いわけだし・・・。
でもちょっと待って
私、実は甘栗の殻をむいて食べるところが結構好きだという事に気がついた。
むいてある栗だと直ぐ食べられちゃって何だか物足りないんだな。
近くの山で採れる山栗は実が小さくてほくほくしているがゆでても皮をむくのが厄介だから小さなスプーンですくって食べる。これだと丸ごと口にぽいっと入る満足感は無いわけでいくつ食べてもきりが無い。
秋になると毎年畑の脇に生えている山栗を拾って夜なべ仕事に皮をむき冷凍庫にためていっていっぱいになったら山栗おこわをふかしてご馳走してくれる友達がいるのだが私など根気が無いからとてもそこまで面倒なことはできない。
その点、甘栗は中の渋皮が殻についてむく手間が無いのもすごくいい。これくらいの手間私にはちょうどいい。
あと落花生とかピスタチオナッツとか胡桃とか銀杏とか殻に入っている実を取り出して食べる充実した感じは食べ終わったあとの殻の残骸の山を見ると倍増するような気がする。 あ〜いっぱい食べた。しあわせ〜って・・・。
去年Cさんのお母様に教えてもらったのだが甘栗をフライパンで乾煎りして食べると炒りたてみたいですごくおいしい。
そろそろ新栗が出る季節になった。
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| 10月12日(日) |
| オグナリフト架け替え |
モンテから一番近いスキー場 スノーパルオグナほたかのリフトを撤去した事は前にご紹介したがすでに新しいリフトの支柱が建ち始めている。
架け替えになるのは旧第2ロマンスリフトと旧第4ロマンスリフト。
旧第1リフトは撤去されるが
第1ゲレンデは第4第5駐車場へ車を止めた人やモンテや他のお宿へ帰ってくるお客様の帰り専用コースとなる。
平日以外の第3第4第5駐車場へ止めたお客様は今シーズンより第1駐車場までシャトルバスで送迎してくれる。
旧第2ロマンスリフトは今までより少し右寄りに移動し名称が第1ペアに変更となり長さも535mとなり114m延長される
そして旧第4リフトは今までより少し左に移動し名称は第4ペアに変更、長さは759mとなり179m延長される。
これに伴い旧第7ロマンスパラレルリフトは第2ロマンスに
旧第8クワッドリフトは第3クワッドに
旧十二沢第1ペアは第5ペア
旧十二沢第2ペアは第6ペアにとそれぞれ名称が変更になる。
つまり今までは建設された順番に割り当てられてきた名称が下から順番に第1から第6まで通し番号となりすっきりすることになるわけだ。
今まで撤去されて名称ごと無くなっていた旧第3リフトや第5リフトなど始めてきた人には番号が飛んでいて不可解だったと思う。
しかもこれで全て高速リフト、ペア5基クワッド1基の合計6基となるのでかなり快適になるはずだ。
第1のリフト乗り場も以前より少し前に出てレストランモンベールに近くなる。
わずかなことだけれど初心者にとってあの距離は微妙につらかった。
スノーパルオグナほたかという名前も実は4回も変わっているのだから昔来たことがある方は今年来るとすっかり変わっていてびっくりかもしれない。
ちなみにスキー場の名前は最初が@前武尊スキー場 A国設武尊スキー場 B武尊スキー場 Cスノーパルオグナほたか という具合。
これで私達が縁あってここに来はじめた頃の懐かしいリフトは全て姿を消したことになる。
オグナは雪質が良いことで定評があるが降雪機が無いために天然自然の雪任せなわけで年末年始など過去に何度も雪不足で泣かされてきた。
今年は8月が冷夏で9月に入ってから残暑が厳しいという気候不順の年だっただけにこのあとの降雪が心配なところだ。
リフトの架け替え工事が無事終わるまでは雪が降らずに12月中旬頃までには根雪となる降雪に期待したい。
リニューアルしたオグナにどうぞ一度お出かけください。お泊りはモンテへ是非どうぞ!泊まらない方も積雪情報をどうぞ!
最後はちょっぴり宣伝でした。
明日は【皮はどこへ行った?】をお届けする予定です。お楽しみに!
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