喜びの背比べ 過去ログ2003年10月分

10月31日(金)        
ハッピーハロウィン
さあ いよいよ今宵はハロウィン!                                               
トリック オア トリート
モンテに来ないといたずらしちゃうぞ〜

10月30日(木)
ブラ
@ブラック
不気味な黒い色をした食べ物
今年話題になったものに「ゴリラの鼻くそ」というお菓子があったのをご記憶だろうか?
上野動物園を始めとする全国の動物園でお土産としてかなり売れているらしい。
正体は○○の甘○○。     (黒豆の甘納豆)
しかもシリーズでラッコの鼻くそやら鼻くそてんこ盛りセットなんていうのもあったりして結構笑える。

Aブラジャー
3月の発売以来21万セットの販売を記録したアメリカ製のシリコンでできたヌーブラ
こちらは次なる展開として新色を出すという。色は黒、ピンク(1月1日発売)青(来春発売予定)
日本の下着メーカー「○コール」は睡眠時に着用する 「ぐっすりブラ」「スリーピングブラ」を発売予定だそうだ。
メーカーからは次から次へとたたみかけるように商品が生み出されガンガン売れて不況はどこ吹く風といった感がある。

Bブランド
個配になったので再開した生協だが以前とは比べ物にならない位の商品の数。
その中にプラダのバッグやフェンディのバッグなんかも載っていて時代が変わったもんだと思い知らされた。

CMSブラスター
というワームに感染していても気がつかない人がけっこういるらしい。
勝手にシャットダウンと再起動を繰り返して 駆除する方法を探すために必要な時間中でさえ終了させられるので手がつけられないんだそうな。パソコンが壊れたと思っている人はこれも疑って見る必要ありかもしれない。

Dブラウザ
通勤ブラウザはもう利用されているだろうか?優れものです。是非一度お試しを!


10月29日(水)
日本百名山を終えられて
モンテのお客様で5人目となる日本百名山の完全踏破をされた市江様が奥様と山のお仲間と共に達成記念の登山をかねて来てくださった。
すでに一昨年百名山を終えられている川上さんもお祝いのため同行された。
一口に百名山といっても北は北海道の利尻岳から南は屋久島の宮ノ浦岳まで全てを登リ切ることは並大抵のことではない。
時間もかかるし費用も体力も精神力も家族の理解も・・・・
予定していても天候の悪化で山頂を踏むことができない事だってあるだろうし体調を崩して断念せざるを得ない事だってあったはずである。
そういったもろもろのことを全て克服して初めて成しえる完全踏破である。

山頂での至福の時は自分の足で登り詰めた本人にのみ与えられるご褒美のようなものだと思う。

川上さんが市江さんに贈った言葉は「助け 助けられ」だった。

自分の生活を振り返ってみると日々自分のことだけで精一杯。
自分が友達から「助け 助けられ」という言葉を贈ってもらえるような付き合いができるようになりたいなと男の友情に羨望の念が沸いてきた。

10月27日(月)
紅葉
モンテの周りも紅葉が進み庭のドウダンツツジ、モミジ、ヤマボウシなど真赤に染まった。
白樺はすでに葉が落ち向かいの山の落葉松(カラマツ)も黄色くなってきた。

昨日はお客様を鳩待ち峠までお送りし、しばし秋色の山に浸って来た。
山の上の方はすでに葉が落ち初冬の感がある
鳩待ち峠から見えた至仏山には雪が真白にかぶってもうじき来春まで閉ざされる尾瀬には夏の賑わいはなかった。
マイカー規制も先週末で解除され細い林道を結構なスピード走り抜けるオープンカーやバイクなども日差しを受けて気持ちよさそうだった。
ただし山道だと思って工事信号を無視して突っ込んでくる県外ナンバーの車やすれ違いのできないカーブで止まって待ったり譲り合うことができない車が多かったのにはちょっと驚いた。

昔読んだ深田裕介の『ちょっといい話』だったかイギリスで車の免許を取るとき何度受けてもなかなか受からなかったのに歩行者に「お先へどうぞ!」と大げさに譲ったら1発で受かった。
さすが礼節を重んじる国イギリスといったようなくだりがあったことをちょっと思い出した。
急いでいる時に限って譲ってもらえないなかなか割り込みさせてもらえないとき等などイライラすることもあるけれどじゃあ自分はどうなんだと胸に手を当てて考えてみるとやっぱりそうなかなか譲れるもんじゃない。
でもちょっとだけ大きな気持ちと笑顔で「どうぞ」と道をゆずり相手にもそれが伝わって「ありがとう!」の合図が返って来たときは【一善一日、 人類皆兄弟】 みたいな気分になれて1日気分がいいもんだ。
たいしたことじゃないけれどこういう小さな積み重ねが大事なんじゃないかなと思う。
つまらないことにいらいらして眉間にしわを寄せて暮らしているとターシャみたいなおばあさんにはなれないもんなぁ〜・・・。

話がずれたけれど紅葉は今週ずっと下った吹き割れの滝あたりが見ごろを迎える。
明日は【日本百名山を終えられて】をお届けします。お楽しみに!

都合により明日の更新とさせていただきます。 (10月28日)

10月25日(土)
手始めはアイロンかけ
こどもが小さい時は給食着や制服のブラウス、ハンカチお弁当用のバンダナなど毎日とはいわないまでもアイロンをかけることがしょっちゅうあったけれど最近はまとめてあとでかけようなどと思ったりした日には必要に迫られる当日になってしわくちゃのハンカチばかりであわててかけたりする始末。

大草原のローラのお母さんキャロラインが新天地を求め移住してゆく途中、見渡す限りのそれこそ大草原の真ん中でアイロンをかけるという場面が出てくるのだが別にアイロンのかかっていないシャツやスカートを着ていても誰にも見られることは無いんだから何もアイロンなんかかけなくてもいいのにと思ったことがあった。

でも衣食住の細かいところにまで気を配れる女性って素敵。
どんなところにいても他人に見せるためでなく自分の生活の習慣を崩さずに守る。
こういうことを自ら身をもって子供たちに示す母親はかっこいい。

私は昔から家事がたまってどこから手をつけようか悩む時手始めにまずアイロンをかけることにしている。
新品と見紛うばかりにパリッと折りたたまれたハンカチの山が高くなってゆくにつれ達成感とともに気持ちにもアイロンがかかって次々ときれいにしたくなる衝動に駆られる。
アイロンかけでいいのは仕事に終わりがあることだ。
最後の1枚を残し電源をoffにして余熱でかけるときの満足感はなかなかいいものである。

家事ってとかくきりがなくてひとつ終わっても次から次へと沸いて出てくる。
かぼちゃのパイを焼きながらふとキャロラインを思い出し11月に入ったら冬に備えて少しづつかたづけをしようと思った。
でもきっとリースを作って明け暮れそうではある。
そうそう手始めはアイロンかけからだった。



明日は宿が忙しいので休みます。次は27日(月)の予定です。お楽しみに。

10月24日(金)
大理石のボード
先日ひょんなことから大理石のボードを手に入れた。
普通は麺台とかコネ台とかいうらしい。
それようのものではないのだが見た瞬間私の頭の中はパイのことで一杯になった。
(決して駄洒落ではない。)
乳白色の板は45cm×45cm厚みが約1cmほどの板で私にも楽に取り扱える重さである。
前々からパイの皮を打つのに大理石のボードが欲しいと思っていたので念願がかなってとてもうれしい。
早速試す。
フードプロセッサーでバターと粉と塩と水をあわせまとまったら冷蔵庫で少し休ませる。
30分ほどして麺棒で伸ばす。
思ったとおり大理石の冷たさがいいのだろうくっつかずうまく伸びる。
大理石のボードはきもち小さいかな・・・
あと20cmくらい大きいともっといいけれど。
でもそれだときっと重過ぎて出したりしまったりが大変でかえって使いにくいかもしれない。
中身のかぼちゃはパイ用に1台分づつ作り分けて冷凍になっているからあとは伸ばして中身を詰めて焼くだけ。
トップは先日100均で買った網の目状にカットができるローラーを使ってメッシュを作る。これも楽しいわ〜
オーヴンからこぼれてくる香りはバターの良い香り。
業務用のパイシートだって結構おいしいけれど自分で打ったパイはやっぱり違う。
というわけであっという間の楽ちん 簡単!パンプキンパイの出来上がり。
次はクッキーを焼こうかなぁ〜



10月23日(木)
「A is for Annabelle
これはターシャの絵本の題名。
1954年にOxford University Pressから初版で出版された本が1982年に復刻版として出され私が手に入れたのは2001年に印刷された本のようだ。
「AはアナベルのA おばあさまのおにんぎょう」「A is for Annabelle Grandmother's doll 」で始まり 「BはボックスのB・・・・・」という具合に子供がアルファベットを覚えるための絵本である。
アナベルと聞いてなんとしても欲しくなってインターネットで買った。
見開きの2ページに関連する挿絵がカラーと白黒で一文字おきに交互に描かれている。
2人の少女が彼女達のおばあさんのアナベルというお人形で着せ替え遊びをしながら手袋や帽子、パラソル、キルトなど身近な単語を覚えてゆく。

ガーランド(花綱)の縁取りに囲まれたオーバルの中に描かれたそれらの絵はターシャが好きな1930年代のこどもたちもそうして遊んだであろうと想像できるような上質なお人形と小道具で、古きよき時代をほうふつとさせる。
この本が出版された1954年といえば私が生まれる前の年(年がばれるが・・・)日本の私ら庶民の子はもっぱら絵を切り抜いて遊ぶ着せ替え人形だったように思う。
着せ替え人形といえば最近またひそかなブームになっているバービーちゃんは1959年にニューヨークで発売開始されたそうだから日本で爆発的に流行ったのは60年代に入ってからのこと。
私も小学生の頃結構はまって遊んだ覚えがある。バービー派ではなかったが・・・。

いつの時代も女の子の着せ替え人形遊びは繰り返されるのだろうがターシャのドールハウスを見てもその思い入れたるや半端なものではないことが伝わってくる。
いくつになっても幼子の心を失わず無心で本物の遊びの世界に浸れるターシャのこだわりは絵本の中にも詳細に描かれていて興味の尽きることが無い。



10月22日(水)
ハロウィーンかぼちゃゲット
今年もまたハロウィンの季節がやってきた。
去年の今頃は来年こそ種をまいて自分で作ろうと思いつつまた播けなかった。
来年も同じことを書いていそうな懲りない性格の自分が怖いけれどとりあえず去年と同じように林檎亭さんで譲ってもらった。
京都から沢山の注文があったとかで完売状態であったが取り置いてくれていたもの1個と看板の下に飾ってあったもの2個を無理やりお願いして3個ゲット。
1個はK様からのご注文。本日発送の予定。
1個¥500也。春から育ててくれて申し訳ないような値段だ。

今年はどんなデザインにしようかな?
このわくわくする気持ちがたまらなくいい。
去年のは オーソドックスにジャック・オー・ランタンとモンテのイニシャル。
ハロウィーンなんて行事は最近でこそ日本でも10月31日が近づくとテレビのニュースで話題になるけれどクリスマスほど浸透してはいないし第一何が事の起こりでどう祝えばいいのか本当のことなんて知っている人そうはいないんじゃないかな・・・?
ネットで検索すると100万件以上ヒットするからこの機会に是非ご覧ください。

ちなみに去年の画像をUPします。
今年のは30日ごろまでにUPの予定。
あんまり早く彫るとカビが生えたり腐ったりするからね。
お楽しみに。




10月21日(火)
【インターネットでできること】
未だBBにつながらないという希少価値さえ感じる地域に住んでいる。
周りを見まわしても確かにPCはもっていてもインターネットに接続していないという人の多いことには驚かされる。
そういう人は大概パソコンはみんなが持っているからなんとなく買った程度の認識でしかなくメールは携帯で充分と考えている場合が多い。
誠に勿体無い話だと思う。
無論私だってPCをフルに使いこなすところまではいっていないがすでに生活の一部になっていて朝顔を洗うのと同じような感覚で電源ボタンを押す。
メールをチェックして掲示板の書き込みをいただいていないか見てから毎日配信されるメルマガに目を通し1日が始まる。
急ぎのもの(予約をいただいた時の返信メールと空室情報の書き換えなどはなるべくその場で処理)以外は夜まで返事をしないでまとめて書くことにしている。
そうしないと気になって仕事ができない。
昨年の4月にやっとISDN回線になってつなぎっぱなしでもよくなったので電話代を気にしてその都度ダイヤルアップ接続しなくてよくなった分精神的にはずいぶん楽になった。
早くADSL回線が使えるようになればいいと心から願っている。
こういう不便なところこそ早くつなげて欲しい。

インターネットでできることなんて大げさなタイトルをつけたけれど
たとえば振込みひとつとってみても便利なところに暮らしている方にはわからないとおもうが最寄の銀行まで車で20分もかかるところに住んでいる私の場合、振込みのできる時間帯に鎌田(片品村の中心)まで行って用を足して来るとたった1件の振込みだけでも往復で約1時間はかかる。
これでも最近はATMで登録したカードを使えば少しは早くなったのだがこれも2台しか機会が無い。
昔は月末の混んでいるような日に窓口で待たされようものなら半日つぶれたような気分になることさえあった。
当然ガソリンを使ってそこまで行くのだから経費だってばかにならない。
振り込み手数料も高い。
カードとか通帳とか印鑑とか振込先のメモとか・・・何か忘れ物でもした時にはほんと泣きたくなる。

最近になってオンラインでいろいろなことができるとわかって時間も経費も手数料も節約になって結構利用することが多くなった。
ただ一番困るのがパスワードの管理。
全部同じにすればよさそうなものだが万が一ののことを考えて全部違うパスワードにしてあるからふっと忘れたときにこれが困る。
それさえクリアできれば本当に便利だ。

他にも何かわからないことができたら検索の機能を使えばかなりの回答が導き出せる。
ドンぴしゃりという答えはなかなか無いけれど・・・・

ニュースは もっぱらインターネットで見ることが多いから活字になって印刷されたニュースはすでに自分の中では古くて過去の出来事の場合が多い。

ショッピングも価格や性能の比較検討ができるし使った人の感想まであるから納得のゆく買い物ができる。
ただし同じものを別々のところから買うことはまず無いので本当に選んだ店が良かったかどうかは疑問だが・・・。その上ネットショッピングこそ見ず知らずの相手と売買契約をするわけだから相手によってはトラブルが生じる事だってあるだろう。

情報を発信する側が気をつけなければいけない事は沢山あるが膨大な情報量の中に埋もれてしまうから大丈夫という安易な気持ちで管理をしていると思いがけないキーワードでの検索でヒットすることがあるからいい加減なことは書けない。
昨年まで続けていたHanasaku Diaryのページは学名その他の情報に間違いが無いかチェックするだけで2時間はたっぷりかかっていた。

でも私が発した情報を世界中のどこかで誰かが見ていてくれて何かを感じてメールをもらったりするとやっぱり本当にうれしい。
そこにはつながっているという感覚がある。
だからこそ、それがこうして続けてこられた原動力にもなっている。

アメリカで爆発的にblogが流行っているというのも簡単に情報を発信できるにもかかわらず一方的な情報発信ではなくてそれに対するコメントがつけられたり、今までの、単なるweb日記とはまったく違う点などが要因なのかもしれない。

注!冬までにモンテローザも一部コンテンツをblogに移行する予定で現在検討中。
良い情報お持ちの方はメールにてご連絡お願いします
10月20日(月)
小春日和
山口百恵の名曲 【秋桜】のメロディーがふと口に出てしまうような暖かく穏やかな日が続いている。
最近「まんてん」のヒロインだった宮地真緒がカバーを出してオリジナルのほうも時々話題にのぼるので耳にする機会が多くなった。
モンテには縁側も無いしコスモスも咲いていないのだがこれから寒くなる一方の季節の前に風も無くぽかぽかと暖かい日が続くとなんだかうれしくなる。
花の出荷を終えハウスの片づけやら仕事はまだまだいっぱい残って入るものの登山のお客様をお迎えする合間のつかの間の休日。
紅や黄色に染まった山々が青空に映える。
はらはらと落ちる紅葉やヤマボウシの葉を受けながらしばしお茶を味わう。
これ山の暮らしの最高の贅沢であります。

秋桜

淡紅の秋桜が秋の日の
何気ない 陽溜りに揺れている
この頃 涙脆くなった母が
庭先でひとつ咳をする
縁側でアルバムを開いては
私の幼い日の思い出を
何度も同じ話 くりかえす
独り言みたいに 小さな声で
こんな小春日和の 穏やかな日は
あなたの優しさが 浸みて来る
明日嫁ぐ私に
苦労はしても
笑い話に時が変えるよ
心配いらないと笑った

あれこれと思い出をたどったら
いつの日も ひとりではなかったと
今更ながら我儘な私に
唇かんでいます
明日への荷造りに手を借りて
しばらくは楽し気にいたけれど
突然涙こぼし 元気でと
何度も何度もくりかえす母
ありがとうの言葉を
かみしめながら
生きてみます私なりに
こんな小春日和の 穏やかな日は
もう少しあなたの
子供でいさせてください


作詞作曲 さだまさし
10月16日(木)
かき
私が一番好きな食べものは柿。
そして苦手なのも牡蠣。
【かき】って入力して変換すると25も出てくる。
なるほどこれも確かに【かき】よねというのがいっぱいあって日本語は難しい。

ここ花咲は標高が高いせいか柿が育たないらしい。
あっても渋柿それも鍛冶屋というところまでなんだそうだ。
私の実家には大きな甘柿の木がある。
枝が折れ易いから木登りはするなとよく言われるが、私が子供の頃すでにブランコができるほど大きな木だった。
家の建て替えでイチジクやグミやアケビなど実のなる木はことごとく無くなってしまったが柿だけは今も台所の脇に塀のように刈り込まれて生えている。
父は夕ご飯の残りの秋刀魚や鯵の骨を柿が甘くなるように肥料にするんだといってよく木の下に穴を掘って埋めていた。
浅いと猫に掘り返されるからといって結構深い穴を掘って上には石を載せていた。
そのおかげだと私はこの年までずっと信じて疑わないのだが  確かに甘い!
形はあまりよくないのだが未だかつて実家の柿より甘い柿に出会ったことが無いほど甘い。

この実が熟す頃を鳥たちもよく知っていてうっかりするとついばまれてしまうのだが私達もたのしみにしているのでお互い競争だ。
でも全ての柿を取ることはせず鳥たちにも充分に残しておいてやるのが父の柿の取り方だった。
今はうまい具合に2階のベランダから屋根伝いに行けば梯子を掛けることも無く収穫できるので好都合だ。

モンテの裏のどんぐりの実が屋根に落ちてトン ころころころころ・・・・と転がり落ちる音を聞いてどこかで聞いた事があるなと思ったら柿の実も小さいうちにおんなじ様な音をさせてかなりの数が落ちるんだった。

福島に【みしらず】という名の焼酎で渋抜きをした柿があるが身の程を知らずに沢山実をつけるからだとか、おいしすぎて身の程知らずに食べ過ぎるためだとかいわれる。
お酒を飲めない私だが焼酎の香りが好きなのは子供の頃 この【みしらず】の封を開けたときのなんともいえないにおいを覚えていたんだ。
今は渋抜きを炭酸ガスでするらしい。

柿ならゴマの吹いた筆柿からあんぽ柿まで何でも好きなのはたぶん柿好きだった父に似たのだと思う。
秋の終わりに良く熟した柿をラップにつつんで冷凍する。
それを2月の雪の降る日にあったかい部屋でシャーベットみたいになった柿をスプーンで食べる私の姿を林檎派の主人は隣できもちわるそう〜に見ている。

明日から3日間、宿が忙しいのでお休みします。
次回は20日(月)に更新する予定です。 お楽しみに!


10月15日(水)
ビューティフルフォーティーズ
今日はコラムの再開を楽しみにしていたというメールをいただいてなんとなく気分がいい。
こんなへたくそな文章を待っていてくれた人がいたなんてやっぱりうれしい。
吉祥寺の現在の様子を教えてくれたAさん。
未だ健在のお店も多いようだ。
吉祥寺でもうひとつ欠かせないのは「小笹」の最中だとのこと。
そうそう大事なそれを忘れていた。
間口1間足らずの店で夜明けと共に羊羹を求めて多くの人が並ぶ。
1日限定150棹 お一人様5棹まで 1棹500円也。
朝8時に配られる整理券を運良く手に入れた人は一旦家に帰って再度10時に開店してから引き換えに再び店へ来る。
なかには折りたたみのいすまで買って連日早朝から並ぶ人もいる。
羊羹は限定だから超レアで幻のという表現がしばしば使われなかなか口に入らない。
でもここの最中は少し並べばいつでも買える。
値段も安くて甘みもほどほどで大きからず小さからず 中のあんこは絶品!
私もよく買って帰った。

あとは息子さんと離れて暮らしているお母さんお二人から私もはがきが欲しいという感想だった。
でもうちだって高校大学の6年間は誕生日以外手紙なんて来なかった。
学生最後の年にNさんのおかげで手紙が来るようになったのだ。
男の子は女の子と違ってなかなか手紙は書かないのかなと思うけど母を思う気持ちは女の子以上だから便りが無いのは達者な証拠という事で・・・・
でもメールはどこのうちも結構マメに来るようだ。

さて今日のお題ビューティフルフォーティーズ、BEAUTIFUL40’sつまり美しき40代。
確か今から10年位前何かの雑誌に(『クロワッサン』だったかな・・・・?)この言葉が載っていた。
女性が人生で一番輝くのは40代だというような内容の記事だった。

当時はまだ30代だったから言い言葉だなぁ〜と憧れを抱き早く40代になりたいと思っていた。
が しかし実際突入してみると ビューティフルどころか髪は白くなるは、目はかすむは、病気はするは、しかもめちゃめちゃ忙しいのに暮らしはちっとも楽にならない。
確かに大好きな花三昧の生活で楽しくもあったが全てを投げ打って花で生計を立てるぞと決断するほどの根性は無いからいろんなことが中途半端で不完全燃焼。
いろいろやった中で思いがけず面白かったのはやっぱりパソコン。
ホームページを始めて更新にはまってからは「ウエブデザイナー」になりたいと身の程知らずに口走ったりしたが電卓片手にエクセルと悪戦苦闘する私には所詮無理な話。

理想と憧れのビューティフルフォーティーズにはなれなかったけれど目標をあと10年延ばしてビューティフル&ワンダフルフィフティーズになれるようがんばろう。


10月14日(火)
街のにおい
昨日吉祥寺の駅前の甘栗屋さんの匂いの話を取り上げたが吉祥寺にはあと3つ強烈なにおいの記憶がある。
ひとつめは甘味やの店先で焼いていたお団子の醤油がこげるにおい。
その先のお茶屋さんのほうじ茶を焙じる香ばしいにおい。
そして路地裏に並ぶ魚屋さんのにおい。
他にもきっとラーメン屋さん換気扇から吐き出されるスープのにおいだとか鰻やさんの蒲焼の焦げるにおいだとかいろいろあったんだろうが鮮明に覚えているのはこの4つ。
井の頭線の子供の初乗りが5円だったといえば今から40年も前の話だ。
吉祥寺は中央線も乗り入れていたので駅が複雑で長かった。
駅舎はまだ全部木でできていたから多くの乗降客が駅に降りるとがたごとと大きな音と埃臭いにおいがした。
その頃はまだ大きなデパートなど無くて今の東急百貨店の場所に名店会館という複合施設がありここが一番流行っていた。
表通りに面している店より裏の露地みたいな細い道に面白い店が沢山あった。
輸入の菓子や化粧品を扱う店はちょっぴり憧れでした。(今もあるかな?)
今は無くなってしまったが卵だけ扱う卵さんなんていう店もあったっけ。
他に麺だけの店とかおでんだね専門の店とかお味噌やさん等ちょっと珍しい店もあった。
子供心にたった一駅だけど電車に乗って吉祥寺に買い物に連れて行ってもらうのはすごくうれしかった。
今日もテレビで言っていたが子供の頃に食べた味は生涯忘れないんだそうだ。
昨日のお土産の定番だってよく思い返してみるとみんな小さい頃から慣れ親しんできた味だ。
中村屋の中華饅頭は日曜日になると父に連れて行ってもらって食べた新宿の中村屋の味がやっぱり一番おいしくて他のはなんか違うんだな。
横浜中華街で売っている高級な肉まんよりやっぱり中村屋!
今はセブンイレブンで売っているのでこっちでも簡単に味わえる。
でも昔はもっと大きくてもっとおいしかったような気もするけど・・・。
カステラは文明堂。クッキーは泉屋。ケーキはボア。
世の中だんだんおいしいものがあふれて贅沢になってしまったけれど老舗の味が消えないのはやっぱリ今食べてもおいしいものはおいしいからなんだとおもう。

娘が小学校の時「お母さんうちのとんかつっておいしかったんだね」としみじみ言ったことがある。
友達のお弁当に入っていたとんかつが冷凍のものだったらしくおいしくなかったようだ。
調理実習の時もモンテ流のハンバーグを作って友達からほめられたといって喜んでいた。
小さい頃からこれが当たり前と思っていた味が実はおいしかったということに気がついて今でも料理は好きらしい。
学校から帰ってきた時私がご飯の支度をしていると厨房からのにおいで今日のおかずはなんだろうと思いをめぐらせる。
この頃はまだ沼田まで出かけてもおいしい惣菜なんてほとんど売っていなかったからレンジでチンも無かったわけで家族にご飯を作るのも楽しみだった。
最近は二人きりなので時々手を抜く。

話がおいしいものにそれちゃったけど吉祥寺の街のにおいは香ばしくておいしい記憶。
渋谷や新宿はこれといった強烈なにおいの記憶が無いのは大人になってから知った街だからだろうか。
味の記憶はにおいの記憶と一致するのかもしれない。

10月13日(月)
皮はどこへ行った?
昔、吉祥寺の駅前に甘栗を売る店があった。
前を通ると栗が焼ける香ばしい香りがした。
大きな釜の中で羽根状の板がゆっくりまわって天津甘栗を炒っている。
石焼き芋よりももっと小粒の黒光りした石の中にピカピカに光った栗が出たり入ったりしてまわっている。
(あのつやはどうやら水あめらしい。)
子供の頃は高級品だっためったに買わないのだが店の前を通ると甘く香ばしい香りに釣られてふらふらと近寄っていってしまう。

値段ははっきりとは覚えていないのだが量が少ないものは厚手の紙でできた袋にはいっていて上が折ってあった。
栗が沢山入っているクレープ紙でできたほうの袋は巾着型になっていて赤い紐で口が結ばれていた。
表には栗から生まれた子供のの絵が描いてあったからたぶん甘栗太郎だったんじゃないかな・・・
甘栗といえばこの赤と緑の独特のデザインしか思い浮かばない。
裏には栗のむき方の絵が描いてあったが買ってもらったらうれしくて説明なんて読んでいる場合じゃあないから家につくなり殻ごと歯で噛んで中身を出して食べた。
子供の頃は爪じゃ栗の殻に割れ目をつけられなかったせいもあったと思うが。
だいぶ大きくなってからその説明をまじまじ読んで爪で横に筋を入れて横から押せばば蓋のようにパカッと殻が取れるというのに気がついて自分の今までのやり方を反省したりしたっけ・・・

最近は近所のスーパーでも甘栗が買える様になったが昔はこのあたりではなかなか買えなかった。
しかもおいしくない。
甘栗なのに甘くないのである。

群馬に住むようになってから上京したときのお土産に買ってくるものに舟和の芋羊羹 人形焼 甘栗 コロンバンのワッフル モロゾフのチーズケーキ 中村屋のあんまん肉まん なんていうのが定番だった。
中でも甘栗は帰りの電車の中でいつもいくつかつまみ食いをした。
困るのは手が黒くべとべとになること。
電車の中だから手を洗いに行くにも一人ではバッグも持たなきゃいけないので不便だし・・・
私の記憶では駅のキオスクで買った甘栗には栗に割れ目を入れるプラスチックの爪みたいなものと小さなウエットティッシュが入っていたような覚えがあるのだが違ったかな?

最近は皮をむいて中身の甘栗だけになっている商品が爆発的にヒットしているらしい。
これならきれいにネールアートしたお姉さんだって手汚さずで甘栗を食べられるわけだし便利といえば便利になったものだ。第一せっかく苦労してむいたのに虫食いだったりしてがっかりすることも無いわけだし・・・。

でもちょっと待って
私、実は甘栗の殻をむいて食べるところが結構好きだという事に気がついた。
むいてある栗だと直ぐ食べられちゃって何だか物足りないんだな。
近くの山で採れる山栗は実が小さくてほくほくしているがゆでても皮をむくのが厄介だから小さなスプーンですくって食べる。これだと丸ごと口にぽいっと入る満足感は無いわけでいくつ食べてもきりが無い。
秋になると毎年畑の脇に生えている山栗を拾って夜なべ仕事に皮をむき冷凍庫にためていっていっぱいになったら山栗おこわをふかしてご馳走してくれる友達がいるのだが私など根気が無いからとてもそこまで面倒なことはできない。
その点、甘栗は中の渋皮が殻についてむく手間が無いのもすごくいい。これくらいの手間私にはちょうどいい。
あと落花生とかピスタチオナッツとか胡桃とか銀杏とか殻に入っている実を取り出して食べる充実した感じは食べ終わったあとの殻の残骸の山を見ると倍増するような気がする。 あ〜いっぱい食べた。しあわせ〜って・・・。

去年Cさんのお母様に教えてもらったのだが甘栗をフライパンで乾煎りして食べると炒りたてみたいですごくおいしい。
そろそろ新栗が出る季節になった。

10月12日(日)
オグナリフト架け替え
モンテから一番近いスキー場 スノーパルオグナほたかのリフトを撤去した事は前にご紹介したがすでに新しいリフトの支柱が建ち始めている。
架け替えになるのは旧第2ロマンスリフトと旧第4ロマンスリフト。
旧第1リフトは撤去されるが
第1ゲレンデは第4第5駐車場へ車を止めた人やモンテや他のお宿へ帰ってくるお客様の帰り専用コースとなる。
平日以外の第3第4第5駐車場へ止めたお客様は今シーズンより第1駐車場までシャトルバスで送迎してくれる。
旧第2ロマンスリフトは今までより少し右寄りに移動し名称が第1ペアに変更となり長さも535mとなり114m延長される
そして旧第4リフトは今までより少し左に移動し名称は第4ペアに変更、長さは759mとなり179m延長される。

これに伴い旧第7ロマンスパラレルリフトは第2ロマンスに
旧第8クワッドリフトは第3クワッドに
旧十二沢第1ペアは第5ペア
旧十二沢第2ペアは第6ペアにとそれぞれ名称が変更になる。

つまり今までは建設された順番に割り当てられてきた名称が下から順番に第1から第6まで通し番号となりすっきりすることになるわけだ。
今まで撤去されて名称ごと無くなっていた旧第3リフトや第5リフトなど始めてきた人には番号が飛んでいて不可解だったと思う。

しかもこれで全て高速リフト、ペア5基クワッド1基の合計6基となるのでかなり快適になるはずだ。
第1のリフト乗り場も以前より少し前に出てレストランモンベールに近くなる。
わずかなことだけれど初心者にとってあの距離は微妙につらかった。

スノーパルオグナほたかという名前も実は4回も変わっているのだから昔来たことがある方は今年来るとすっかり変わっていてびっくりかもしれない。
ちなみにスキー場の名前は最初が@前武尊スキー場 A
国設武尊スキー場 B武尊スキー場 Cスノーパルオグナほたか という具合。

これで私達が縁あってここに来はじめた頃の懐かしいリフトは全て姿を消したことになる。

オグナは雪質が良いことで定評があるが降雪機が無いために天然自然の雪任せなわけで年末年始など過去に何度も雪不足で泣かされてきた。
今年は8月が冷夏で9月に入ってから残暑が厳しいという気候不順の年だっただけにこのあとの降雪が心配なところだ。
リフトの架け替え工事が無事終わるまでは雪が降らずに12月中旬頃までには根雪となる降雪に期待したい。

リニューアルしたオグナにどうぞ一度お出かけください。お泊りはモンテへ是非どうぞ!泊まらない方も積雪情報をどうぞ!
最後はちょっぴり宣伝でした。
明日は【皮はどこへ行った?】をお届けする予定です。お楽しみに!


10月11日(土)                             
エクアドルからの便り
 モンテの一人娘はこの春からスペイン語の勉強でエクアドルへ行っている。
片品の中学を卒業し高校は東京で過ごし大学は大阪。おまけにこんどはエクアドルに飛んでいった。
東京にいるときも大学に入ってからも手紙などほとんどよこした事など無かったがエクアドルに行ってからは頻繁に手紙が来るようになった。
それというのも行く前に海外青年協力隊でエクアドルに3年間滞在されたNさんという方にお会いして「麻薬には絶対手を出すな! 親には豆に手紙を書くように!」というアドバイスをいただきこれを忠実に守っているようなのだ。

向こうからの手紙は3通に1通は届かないといわれ心配していたが今のところ無事についているようだ。
それというのもメールやメッセンジャーで「手紙出したよ」と連絡してくれるから着くと「届いた」とメールで返事を送る。
遠く離れていればいるほど便利な手段が出来たものだと関心する。

これだけ便利でも本人が自分の手で書いた手紙はまた別物。
見たことのないきれいな花や昆虫の切手が貼ってある絵葉書はイグアナやら藁の船やらインディオの少女などの南米ムードいっぱいの絵や写真で毎回楽しみだ。
書いた手紙を持って郵便局に行き代金を払うのでどんな切手が貼られるかは当人は知らないのだそうだ。
エクアドルは物価はやすいが郵便代等が高いらしく時々絵葉書が何枚かまとめて封筒に入って送られてくることもある。
大学の授業についてゆくだけでも大変な事だと思うが日本にいるときに比べればバイトをしなくてすむので手紙を書く時間が取れるのかもしれない。
老眼鏡か虫眼鏡でも使わなければ読めないほど細かい文字でぎっしり書いてあるのでさらっと読み流すというわけにはいかず心して読む。
内容といえば小旅行に行ってきたとか日本食を作ってホストファミリーにご馳走したとか他愛もない日常のことが記されているだけなのだがやはり元気そうな文面を見るとほっとする。

残すところあと3ヶ月。
ただただひたすら無事に帰ってくることを祈るばかりだが何を学び何を身につけて帰ってくるのかちょっと気になるところでもある。


喜びの背比べ本日分へ戻る
喜びの背比べ11月分はこちらからどうぞ